次世代のものづくりは人材の育成から澁谷ものづくり人材育成研究所

2018.3.27株式会社星野製茶園(福岡県八女市)を訪問してきました。

 財団のメンバーで、1946(昭和21)年創業の福岡県八女市星野村にあるお茶の製造工場「株式会社星野製茶園」を見てきました。摘み取ったお茶の保存から煎茶、抹茶のできるまでを見学してきました。

パネル 本社工場と店舗の全景

 

星野村は日本茶のふるさと

 今から800年前の鎌倉時代初期に、臨済宗の開祖栄西禅師が中国の宋より茶の種子を持ち帰り、1191年に福岡・佐賀の県境にある背振山霊仙寺に、1195年には、博多の聖福寺にその種を蒔いたのが日本茶の起源と言われています。その後、1279年に星野村へと広がりました。つまり全国で生産されるようになった日本茶のルーツがこの周辺であったということになりそうです。その後、高級茶の産地として知られていますが、中でも奥八女に位置する「星野村」は、全国一の品質を誇る高級玉露の産地として有名です。  星野村は、霧深い八女の山里で寒暖の差が大きいという自然環境がお茶の成長を厳しく鍛えることと、この土地の土壌がお茶に適していることが良質のお茶を生み出している秘密のようです。

パネル 店舗の外観

 

高級茶は被覆して「しごき摘み」

 お茶には煎茶、碾茶、抹茶とありますが、最も高価なお茶は玉露で、キロ50万円、一杯3000円位が最高級品だとか。その品質はすべて原材料で決まると言うことです。4月中旬、新芽が2~3センチ伸びたころ、茶園の上に藁を編んだスマキという自然素材で被覆し25日間程、直射日光を遮り柔らかく養分をたっぷり含んだ新芽を育て、お茶の旨味成分であるアミノ酸の含有を促進させます。今は、ほとんど機械摘みですが、「しごき摘み」と言って柔らかな葉だけを丁寧に手摘みします。中でもその新芽「一芯二葉」の葉っぱを丁寧に摘み取ったのが抹茶の原材料になります。

パネル 藁を編んだスマキで被覆

 

煎茶や玉露は精撰加工で製造


  摘採した生葉は、蒸気で蒸し、その後冷却、乾燥を経て「荒茶」としてマイナス30度の冷凍室に貯蔵され、需要に応じて取り出しての製茶がなされます。  まず原料貯蔵タンクに入れられた後、仕上げ加工をして、お茶の種類(葉の分別や軸などと言った部位)や等級に分けるための選別が行われます。この工程においては、伝統的な人間による選別を自動で正確に行うための工夫がなされており、回しながら梳いたり、風力や静電気、さらには色彩による選別まで採り入れて、それは丁寧に扱われ、分けられて行きます。  その後お茶本来の香ばしい風味を出すために火入れを行い、冷却して成分検査で確認のあと、包装されて完成品となります。このようにお茶の味・風味・品質の確保にこだわった製法に感心しました。

パネル 仕上げ加工のライン


抹茶は特別な専用の工場で製造


 特に私が興味を持ったのは、平成元年に設立されたこの「抹茶工場」です。碾茶(抹茶用に育てられ仕上げられた材料)を摘んだあとは高温で蒸らす烝熱を行い、散茶・冷却ののち乾燥、選別、精撰、審査を行い、そのあとに石臼挽きとなります。いまでも20〜25℃かつ湿度が一定に保たれた暗闇(抹茶は、光を嫌う)の部屋で注文に応じ「石臼」によって丹念に挽き上げていきます。  また、近代化が進む中でも抹茶を挽く作業に関しては、昔ながらの石臼にかなうものが無いそうです。写真にあるように、石臼を回転させると、何本も引かれた溝を抹茶になったお茶が通っていくのですが、その溝が常に45度の角度で均一に交差していきます。その石臼95台が自動運転しており、僅か40グラムの抹茶製造に1時間かかっています。
 この見学を通して、日本茶が世界のお茶の中でもいかに繊細に育成、醸成、製造されているか、その過程においていかに伝統的な、人による作法を尊重して自動化されているかを知り、ますますお茶が好きになりました。 

パネル 45度に溝が交差する石臼


パネル 昼夜自動運転する石臼挽き工程


星野製茶園のホームページはこちらです。 → 星野製茶園

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